「ウエンカムイの爪」のちょっとした感想。作者の熊谷達也はこの作品で小説すばる新人賞を受賞。

ウエンカムイの爪 (集英社文庫)

もうタイトルからして嫌な予感がする作品。

ヒグマをさすアイヌ語はいくつかあるけど、最もポピュラーなのは「キムンカムイ」で「山の神」の意。多くのカムイ(神)の中でも、位の高いカムイ。

キムンカムイは毛皮を被って、アイヌの前にヒグマとしてあらわれる。自らアイヌの矢を受けて、彼らに肉と毛皮を提供する。なんて良いカムイ。

しかし、ヒグマはヒグマでも人を襲ったり食べたりしたやつはそうはいかない。そういうヒグマはキムンカムイではなく、「ウエンカムイ」と呼ばれた。

ウエンカムイとはアイヌ語で「 wen(悪い)kamuy(神)」、悪い神。

 

 

本書はその名の通り人食いヒグマと、それを追う主人公たちのお話。

けっこう食べられちゃいます。

 

東京の生活から逃げ出し、動物写真家になろうと北海道へ渡ってきた男、吉本が主人公。個人的にはフリーの写真家という設定が気に入った。

ある日突然あらわれたヒグマに襲われた吉本。彼を救った謎の女性。彼女はまるでヒグマを操るかのように追い払い、吉本の命を救う・・・ちょっとした謎を含んだお話から始まります。

 

 

この作品、ヒグマの描写がとてもよくて、ヒグマそのものの描写、遭遇した時の身の毛のよだつ恐怖感がとても臨場感がありました。どんどん読まさる。

北海道各地のイメージなんかも上手で、作者は宮城出身だけど北海道に住んでたの?と思うくらい。あやしいながらも北海道なまりの登場人物も出てきて、下調べは相当したんだろうなあ。

 

ヒグマの駆除問題、人間の認識の低さなど、無くてもいいようなシーンをインタビュー形式を取りながら、まるっと一章使ってわざわざ入れこんでいる点。そこからは作者のヒグマに対する意識の高さが垣間見えます。

 

ちなみに作中に出てくる北大熊研は実在するサークル。

 

ちょっと残念なのは、物語のキーマンである玲子の頭が悪すぎた。

物語の核心に触れるので詳しくは書かないけど、大変思慮に欠ける行動をしたことでその後の人食い熊を生み出すことになる。

ヒグマ研究者のはしくれが、そんな馬鹿な行動するだろうか・・。

作中に出てくる学生もひどい。

あほな女子大生がヒグマに対してチョコレートを与えてしまったり、(その時の話し方がまたあほっぽくて頭にくる)

大学生の男女グループが外でバーベキューをして酒を飲み、残飯を散らかしたまま放置したのでヒグマを呼び寄せたり。

このあたりは巻末の解説にも同じようなことが書いてあって、すばる新人賞の選考委員会でも話題に上がったらしい。結果的には「10年前ならこのくらいあほな学生もいたんじゃないの?」的な感じて収まったらしい。

 

しかし大事件や大事故は、「知らなかったんですー」という悪意のない無知から引き起こされることもしばしば。 

最近は、ネットを疑うことを知らず、そこに上がった嘘情報を鵜呑みにする人も、しばしば。知らないことはこわい。

 

作中にも書いてあるが、そういう連中がウエンカムイを生み出す。

彼らの事を、作者がわざとディスって書いてるように見えなくも、ないか。

 

ウエンカムイの爪 (集英社文庫)

ウエンカムイの爪 (集英社文庫)

  • 作者: 熊谷達也
  • 出版社/メーカー: 集英社
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とはいえ、僕自身写真を撮るのが好きって事もあり、写真家である主人公への共感もありました。

被写体を追うのは狩猟に似てる。とかね。あとはなんか仕事辞めてフリーの写真家になりたいし都会に住みたくないわーとかね。ま、その辺はどうでもいいので読んだらわかります。

いやこの本はそういう話を絡めるのがテーマなんだけどね。

 

あとはね、印象に残ったのは

主人公は、仕留めたヒグマの死骸の写真を撮らなかった。

ヒグマに向けてシャッターをきることは、カムイへの冒瀆だと感じたから。

 「被写体への冒瀆だと感じる」

SNS真っ盛りのこの時代に、こういう感覚ってまだ残っているんだろうか。